90年代(この本が書かれたのが90年代)は伝統的な野球理論と近代野球理論:つまり、ピッチングは科学なのか?それとも芸術なのか?についての論争が解決するときとなるだろう。
伝統的な野球理論者は全てのピッチャーは、もって生まれた才能のなかで、それぞれの個性を生かした独自の投げ方をし、その技術がどの程度の競技にまで通用するかを決めると信じている。
言い換えればどんなに努力をしても鳶が鷹を生むことはないのである。通用するかどうかはその子に投げさせて見ないと分からない。そう思っている。
一方、近代野球を理解する人はもっと科学的である。遺伝的なものは高いレベルで通用するために必要なほんのわずかな要因に過ぎないと信じている。
人間の体はてこの原理のようなもので、ボウルを投げるのにはある一定の方法で訓練をしなければならない。ピッチングに必要とされるものは何でもトレーニングすることによって鍛えることが出来る。
また、適切な投球フォームや体のコンディショニングをサポートするための情報や経験を得ることによってメンタル面もまた、鍛えられることが出来る。と思っている。
たから、近代野球理論者は適切なトレーニングを受け、競技で技術を磨く機会を与えられるまでは、その子が才能があるかどうかを判断することは出来ないと信じている。
どのように技術を向上させるかという点において、新旧の野球理論に違いはあるが、ピッチングは技術であることに関しては双方の意見が一致するところである。であるから、ピッチングは科学もであり、芸術もである。(図1参照)
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